監督論2

さて、その須藤さんだが、チームの主力投手であった中山選手が抜けた次の年のペナントは序盤から苦しい場面を強いられることになった。

穴を埋めるべき期待されたドラフト1位の斎藤隆もまだ、投手として経験が浅く、なかなか思うように勝ち星を挙げることが出来ない。そして連敗を重ねる中、とうとう最悪の事態が起こります。

それは五月の序盤、ゴールデンウィーク中の土曜日だったと思う。
地元ハマスタでの中日戦だったが、その試合は、エースの野村が7回まで完璧に抑え、点数を取っていたので、誰もが勝利を確信していた。
が、8回に急に崩れてしまう。私もライト裏にあるブルペンにいたが、リリーフ全員が途中まで今日は余裕を持って見ていたはずだった。しかし、、、、出る投手出る投手が打たれてしまう。

まさか、まさか、、、のビッグイニングでとうとう逆転されてしまった。私も途中登板したが中日の勢いを止めることは出来なかった。今年はなかなか地元で勝つことができないのが、チームとして大きなストレスにはなっていたが、、

そして翌日、試合前にロッカーに入ると、いつもと何か様子が違う。スタッフが慌てているし、記者がざわめきたっている。
「スーヤン(監督のあだ名)が来てないぞ」と。そしてグランドに出ると、やはり選手、コーチの皆んなが戸惑っている表情をしている。
そして、主力選手の一人に「おい、須藤さん休養だって」と聞いて、ようやく事態を把握することが出来た。
どうも須藤さんが休養を自ら申し入れたようだ。

試合前のミーティングでは今日から代理で指揮をとる江尻コーチが、事情を話されたんだと思うが、内容までは全然覚えていない。
ただ私の中では、監督に勝利に貢献出来なかったことへの申し訳なさと、これから先どうなるんだろうかと不安に思うだけだった。

そして、もう一つの自分の頭に浮かんだのは
須藤さんがあれだけ「継続は力なり」と言ってきたのに、自分はとっとといなくなったじゃないかと。
これはチーム全員が思ったことじゃないだろうか。

しかし須藤さんが去った後、チームは好転する。
最大であり一番の理由は、投手の起用法を大きく変えたこと。
この年、先発で活躍していた盛田幸妃をリリーフに配置転換する。そして抑えの佐々木につなぐ。
今とは違って、当時はイニング跨ぎも普通のことであり、先発が5回まで投げると、後の4イニングをこの二人で賄った。

このパターンで勝てる試合を確実に拾っていったのだ。このアイディアは江尻さん、もしくは当時の投手コーチの小谷さん(現在ロッテ二軍コーチ)ではないだろうか。
とにかくこの二人の後ろの盤石さは凄かった。ダブルストッパーなんて言葉もこの時に出来た。確か、盛田は防御率、そして大魔神はセーブ王のタイトルを獲ったはずだ。特に盛田はリリーフでありながら、規定投球回数に達するわけだから、今の時代では絶対に考えられない。

最終的にはチームは3位とAクラス入りをする。

またその際に、サードの守備に石井琢朗を据えたことも大きい。前年の秋から投手から野手に転向したタクの潜在能力は素晴らしいの一言だ。この短期間でプロのレギュラーをつかんだ選手は未だ見たことがない。

皮肉なことに須藤さんが去ったことで、彼が育成した選手が花開くことになった。
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Author:フェニックス
元プロ野球選手のブログ。
現在、セカンドキャリアとしてプロスポーツ選手のエージェントを務める中で感じたことを綴っています。自分の選手としての経験と、エージェントして現場に身近にいる人間のブログ。

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